日本の食卓事情は、人口動態の変化や食の多様化が進み、時代とともに大きく変わり、日本人の生活と密接に関係してきた「和食文化」の存在は薄れつつあります。日本人が古来受け継いできた自然を尊重した食文化「和食」を見直そうと、2013年(平成25年)に、ユネスコ無形文化遺産に『和食;日本人の伝統的な食文化』として登録されました。
登録された『和食』とは、料理そのものだけではなく、「自然を尊ぶ」という日本人の気質に基づいた「食」に関する「習わし」を示すものとなっています。
■ユネスコに登録された「和食の特徴」■
(1)多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重 (2)健康的な食生活を支える栄養バランス (3)自然の美しさや季節の移ろいの表現 (4)正月などの年中行事との密接な関わり
「和食とは、季節とともに各地の風土に合わせて生み出された食材を用いながら、食材の持つ旨味等を上手に引き出した調理で、古くから日本人の生活の中で受け継がれてきた健康的な食の文化」と言えます。
補足メモ|日本の食や農産物に関する『ユネスコ無形文化遺産』登録
奥能登のあえのこと(2009年)、秋保の田植踊(2009年)、壬生の花田植(2011年)、和食;日本人の伝統的な食文化(2013年)、伝統的酒造り(2024年)
今、日本にはインバウンドで多くの海外から外国人の方が日本に来られており、訪日外国人旅行者数は3,687万人(2024年)、在留外国人の方は約359万人(2024年6月)と増加基調にあります。その方々のおかげもあり、世界的にも和食への注目度は高まっています。
一方、日本の人口は減少の一途にあり、家庭環境の変化で和食を中心とした食生活が崩れ、風習や伝統の世代間の継承の難しさ、昔から共にしてきた地域食材が失われていくなどの問題に直面しています。
特に、農業業界の基幹的農業従事者は、2005年224.1万人から2024年114万人となり、約20年で農家の方々は半減しており、和食の食材となる農産物の作り手・生産者がいなくなると、食文化を紡いできた伝統野菜などが消滅することになり、継承するべき伝統的な食文化が薄れていきます。
今回のコラムでは、日本の食文化「和食」に欠かせない食材の歴史や伝統野菜・ふるさと野菜(地方野菜)の状況をご説明しながら、自然を尊ぶ和食文化の特徴でもある季節の視点で二十四節気における季節の食材やおすすめ料理などもご紹介したいと思います。
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和食を紡ぐ食材と伝来の歴史
和食は、山の幸、海の幸、農産物など四季折々、多彩な食材が用いられます。
日本では、山野に自生している食用になる野菜は500種類以上あると言われています。主に流通する野菜の種類だけでも150種類以上となります。
魚は、海に囲まれた日本にとって大切な水産資源であり、生息する魚種は約4,200種類あるとされ、食卓にならび総漁獲高8割を占め魚は28種あり、他の国では数種類程度であることに比べると非常に恵まれた環境にあることがわかります。
今回は、さまざまな食材の中でも野菜の視点でご説明を続けさせていただきます。
日本の最古の書物『古事記』にも登場する、「ウリ」や「ダイコン」は、日本で栽培した最も古い野菜であると推察されている。
主に野の野菜から選択されたのは山菜類であり、栽培される野菜は、中国などを経緯し、導入された種類が多いとされています。
平安時代に野菜の伝来が始まっており、平安時代の律令である『延喜式』には、ナス、キュウリ、マクワウリ、ササゲ、ソラマメ、ネギ、ゴマ、ニンニク、フキ、セリ、カブ、ミョウガ等が記載されているそうです。
安土桃山時代には、南蛮文化が導入され、カボチャ、スイカ、唐辛子、ホウレンソウ、トマト、バレイショなどが渡来していたことがわかっています。

伝統野菜・伝統作物の現状
現在栽培されている野菜のほとんどは海外から渡ってきたものですが、何百年にもわたり、地域の気候・風土に適応し、地域独特の野菜として根付いてきました。
今、私たちの食卓に並ぶ主流の野菜は、年間を通して安定生産できるよう品種改良され、流通しやすい規格が揃った野菜となりますが、地域に根付いた伝統野菜は、暦や伝統行事の中で脈々と受け継がれてきたものの、量も多くなく市場流通に馴染まない農産物となっている側面があります。
生産量が少ないため、出会えるのは地域小売店や産直所となります。最近は農産物のECやふるさと納税、通販などの流通選択肢も増え、宅配網も強化され、生産地から直接消費地に届きやすい環境もできはじてめいます。昔懐かしい野菜達が再脚光を浴び、伝統野菜を認証したり、特産品づくりに取り組む動きもでてきています。
見慣れない農産物と出会った時、ワクワクしませんか?トキメキませんか?
伝統野菜としてその土地に土着するには、農家の人たちの並々ならぬ努力や苦労があり、流通が支えて、調理され、私たちの健康の体を作ってくれています。
そんなふるさとの伝統野菜を地域の財産として守っていくことが大切であり、普及させる動きは近年強まっています。各自治体が推進したり、農業グループや市民による推進など様々な形で伝統野菜を守る動きがありますが、今回は、代表例として47都道府県の中で、県主体で認証しながら伝統野菜の普及を推進しているブランド伝統野菜をご紹介します。
日本各地の伝統野菜総称と認定数
都道府県単位で認定制度がある伝統野菜を列記しました。(市町村単位の推進は今回のコラム記事では対象外としております。)※2025年2月時点公開情報調べ
各地域の伝統野菜ブランドとして17県の集計で、約485種類以上の伝統野菜が認定されています。
都道府県 | 伝統野菜・認定名称 | 認定数 | 主な認定野菜 |
秋田 | 「あきた伝統野菜」 | 39種 | じゅんさい、松館しぼり大根、横沢まがりネギ |
山形 | 「やまがた野菜(村山伝統野菜)」 | 17種 | 蔵王かぼちゃ、山形青菜、もってのほか(食用菊) |
東京 | 「江戸東京野菜」(JA東京中央会) | 52種 | 亀戸大根・練馬大根、のらぼう菜、東京うど |
石川 | 「加賀野菜」(金沢) | 15種 | 金時草、打木赤皮甘栗かぼちゃ、加賀れんこん |
長野 | 「信州の伝統野菜」 | 83種 | 野沢菜、松本/松代一本ねぎ、ていざなす |
岐阜 | 「飛騨・美濃伝統野菜」 | 32種 | 飛騨紅かぶ、あきしまささげ、南飛騨富士柿 |
愛知 | 「あいちの伝統野菜」 | 37種 | 八事五寸にんじん、方領だいこん、治郎丸ほうれん草 |
福井 | 「福井百歳やさい」 | 23種 | 谷田部ねぎ、越前白茎ごぼう、吉川なす |
滋賀 | 「近江の伝統野菜」 | 19種 | 日野菜、万木(ゆるぎ)かぶ、伊吹大根 |
三重 | 「みえの伝統野菜/伝統果実」 | 10種 | 伊勢いも、三重なばな、五ヶ所小梅 |
奈良 | 「大和野菜」 | 20種 | 大和まな、宇陀金ごぼう、ひもとうがらし |
大阪 | 「なにわの伝統野菜」 | 24種 | 天王寺かぶ、守口大根、泉州水なす |
京都 | 「京野菜(京の伝統野菜)」 | 35種 | 聖護院大根・聖護院かぶ、賀茂なす、九条ネギ |
長崎 | 「ながさきの伝統野菜」 | 16種 | 長崎紅大根、長崎たかな、唐人菜(長崎白菜) |
熊本 | 「くまもとふるさと伝統野菜」 | 15種 | 水前寺もやし、熊本赤なす、水前寺菜 |
鹿児島 | 「かごしまの伝統野菜」 | 23種 | 桜島大根、白なす(薩摩トロ茄子)、安納いも |
沖縄 | 「おきなわの伝統的農産物(島野菜)」 | 28種 | 島ニンジン、ナーベーラー(へちま)、タイモ(田芋) |
上記は、県主体の伝統野菜となりますが、市町村単位や団体独自の認定制度で、伝統野菜の継承に取り組んでいます。
例えば「札幌伝統やさい」、「仙台市伝統野菜」、「会津の伝統野菜」等、全国には伝統作物、地方野菜を守る取り組みが様々ありますので、ぜひ、皆様の地域に根付く野菜を探してみて下さい。


京都府の【京の伝統野菜の定義】をご紹介すると、「明治以前の導入栽培の歴史を有する。」「京都市域のみならず府内全域を対象とする。」などとなっていますが、「京野菜」と聞いて知らない方はいない程、京都の伝食文化として継承され続けています。
各地の伝統野菜が消滅の危機に瀕する中、京野菜に変わらぬ人気があるには、生産者と料理家が一体となって食文化を継承し、京都の料理が他地域にも広がり、農産物の需要が作られ続けています。食材と料理は両輪ですので、その両輪があってこそ食文化「和食」として未来に継承されていくことと思います。
沖縄県の伝統野菜に関しては別コラムを公開中です。ぜひ以下もご覧下さい♪
【伝統的農産物「沖縄島野菜28品目」夏・通年野菜の特徴とぬちぐすいレシピ】
各地の伝統野菜に触れ、調理や食べる機会を作り、愛着を持って、推しの伝統野菜を他の方々にも伝え広げていくことが大切だと実感しています。
二十四節気を彩る日本食文化
日本は北海道から沖縄まで、北東から南北に約3,000kmの弓なりに位置し、四季(しき)の変化が感じられる気候のもと私たちは暮らしています。南北に長く、気候が地域により異なるため、生産される農林水産物なども地域と季節により違いが生まれます。
四季折々の移ろいともに作物の目が芽吹き、育ち、その季節に収穫された野菜が体の栄養として巡るー。
野菜や魚には、「旬」と呼ばれる、昔から出盛り期の時期、食べ頃の時期があります。旬とは大量に収穫できる時期であり、旬の食材はおいしく、季節毎に体が必要とする栄養素を取り入れることにも繋がります。
二十四節気とは

さて、和食と深くかかわりがある、日本の季節について触れていこうと思います。
日本には春夏秋冬の四季があります。世界にも四季のある国は多くありますが、等間隔に季節が楽しめるのは日本の四季の魅力です。この等間隔こそが、旧暦との関係が深い、『二十四節気』(にじゅうしせっき)・『七十二候』(しちじゅうにこう)の暦です。
|二十四節気|
太陽の位置をもとに1年間を24分割し、最も昼の長い日を夏至、最も昼の短い日を冬至、昼と夜の長さが同じ日を春分・秋分とし、それぞれを春夏秋冬の中心に据えることで季節を決めた暦。1節気がおおよそ15日となります。
|七十二候|
1節気をそれぞれさらに3分割した暦で、約5日ごとに区切られています。
二十四節気に関して詳しく知りたい方は、以下コラム【『二十四節気』と『七十二候』の季節を楽しむ暮らし】もご覧ください。
農業・農事歴と二十四節気との関係
二十四節気は、古代中国で農業の目安として作られた暦で、日本では平安時代から使われている暦となります。節気毎の象徴的な植物や動物の動きや天候が記され、農業や暮らしの目安となるように伝えられた暦となります。
季節のカレンダー『二十四節気』を把握しながら、「この時期になったからこの農作業をしよう。季節に合わせた体にするためにこの食材を食べよう」などを参考にした暦です。
『農事歴』とは、農業を営むにあたり農作業に必要な事柄や年中行事が記された暦書
野菜には旬があり「適期適作」の時期やタイミングが重要となります。農業従事者にとって、季節は欠かせない情報であり、二十四節気をベースに、【彼岸、八十八夜、入梅、半夏生、二百十日】などの雑節を加えたものに播種・収穫・施肥などの時期、そして気象上注意すべき時期、収穫を感謝する祭日などを記したものが農事暦です。
「サクラの花が咲いたらタネをまく」や立春から数えて210日目の【二百十日】は、イネの開花期であり、9月初旬のこの頃は周期的に台風が来襲する時期として気を付けるなど、先人たちは、季節への関心が非常に高く、その智恵として、野菜が持つパワーを引き出し、収穫が無事できるよう、農事歴が残され、そして季節の節目には、豊作祈願や地元で伝統的な行事を行い自然を尊んできました。
二十四節気の基準節気と食材・料理紹介

日本には、季節を感じられる二十四節気の節目で食べられてきた料理や年中行事としての五節句料理など季節や行事に合わせた行事食は様々あります。
二十四節気の基準は「春分・夏至・秋分・冬至」の四つの節気となります。今回は、この節気に食べられてきた食材や料理をご紹介します。
春分 おすすめ料理
|春分|
太陽が真東から昇り、真西に沈む昼夜の長さが等しい春分の日。この頃のメイン行事は先祖供養をする「春のお彼岸」。お供え物はぼた餅が代表的な食べ物です。食卓には、漬物や汁物など季節の野菜を使った料理が並びます。
レシピ紹介『ふきのとう&たけのこご飯♪手軽に春のおもてなし』
夏至 おすすめ料理
|夏至|
一年最も昼が長くなる日。夏至の時期の七十二候のひとつ「半夏生」は畑仕事や農作業を終える目安となり、餅やうどん、タコ、みょうがを食べるなど、地域毎に異なる行事食があります。農作業の疲労回復となる食材が食卓に並びます。
レシピ紹介『だし*郷土料理<山形県レシピ>』
農繁期のスピード料理として親しまれてきた野菜を生のまま手軽に食べられる山形県の夏の定番料理です♪
秋分 おすすめ料理
|秋分|
春分同様、昼夜の長さがほぼ等しくなる秋分の日。秋分の時期は「お彼岸」にあたり、おはぎを食べる風習があります。そして、食欲の秋、収穫の秋を迎え、秋分の時期には、五節句行事のひとつ「重陽の節句」が9月9日に行われます。
レシピ紹介『秋なすと油揚げのいりこ煮-重陽の節句レシピ-』
京野菜「加茂なす」や各地域の伝統野菜の茄子を使ってぜひお試し下さい♪
冬至 おすすめ料理
|冬至|
一年で一番日が短い冬至の日。この日を境に、だんだんと日が長くなるため陽の気が復活してくると考えられています。冬至には、ゆず湯に使ったり、南瓜(かぼちゃ)や小豆を食べる風習があります。
レシピ紹介『冬の薬膳スイーツ*かぼちゃのお汁粉』
各地域の伝統野菜の南瓜を使ってぜひお試し下さい♪
<季節を楽しむ料理・レシピは以下よりご覧頂けます>
(季節を感じるレシピ、二十四節気レシピ、旬の食材レシピ等)
季節が巡る中で、新しい季節の到来を料理で表現する「和食」。食材を選ぶことからはじまり、栄養を考えながら、料理を組み立て、おもてなしの心で供します。
二十四節気や五節句は、自然との調和を大切にする日本の文化や伝統を反映しています。二十四節気で巡る季節を意識し、日常生活を丁寧に過ごすことで、季節の移り変わりを感じながら、その季節の食材を楽しむことができます。
そして、季節とともに各地域で育つ農産物や収穫される食材は、その土地と気候の栄養分を蓄えた贅沢な食材です。季節ごとにその地域を訪れて、その地域の文化と食材とともに味わってみてください。きっと豊かな気持ちになれることと思います。
世界に誇れる『和食文化』が未来に継承され続けていきますように。
参考文献|和食文化継承リーダー研修テキスト、各自治体の伝統野菜・ふるさと野菜に関するページおよびパンフレット、書籍「47都道府県・地野菜/伝統野菜百科」など
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