ヨーロッパの秋は「新ワイン」と玉ねぎで【料理・食文化研究家コラム】

 ヨーロッパの秋とワイン祭り

真夏の陽射しもいくらかやわらぎ、秋の足音が聞こえ始める9月―。

日本ではまだ残暑も厳しいころですが、ヨーロッパではすでに、芳醇な秋の訪れを感じることができます。

この時期、ヨーロッパで数多く見られるのが、各地でおこなわれるワイン祭り収穫祭などのイベント。あいにくとここ数年はコロナ禍でやや控えめになってはいますが、通年であれば、さまざまな場所で楽しい催しがおこなわれる時期です。

 季節限定の特別な飲みもの

ワインというと、日本ではフランスのボージョレ・ヌーヴォーがとても有名ですね。しかしこの時期、ヨーロッパで主役になるのは、もっとずっと若い“ワイン” たち。正確に言うと、まだちょうど発酵を始めたばかりの「ブドウのしぼり汁」なのです。

地域によっては、「新ワイン」「若ワイン」などと呼ばれることもあるこうした飲みもの。じつは一年のなかでも、ワインが発酵を始めるまさにこの時期にしか味わえない特別な飲みものです。

こうした飲みものは、国や場所によっても呼びかたがちがい、さまざまな名前がつけられています。けれどおおよそ共通しているのは、見ためが白っぽくて濁っているということ。発酵を終えたワインとはちがってまだ酵母が残っているので、よく見るとそれが浮いて見えるのです。

たとえばドイツには「フェーダーヴァイサー(Federweisser)」という飲みものがありますが、このフェーダーというのは、つまり「羽」のこと。酵母がまるで白い羽のように見えるために、そんなかわいらしい名前がついています。

この時期、ワインの産地に足を運ぶと、こうした発酵したての「新ワイン」を地元のさまざまなお料理とともにいただくことができます。お味は、まさにまだ「若いワイン」らしく、芳醇なブドウの香りと強い甘みが際だちます。そして発酵の過程で自然に生まれた炭酸の具合が、たまらなく美味しいのです。
まるで、素晴らしく美味しい炭酸ブドウジュースのような飲みやすさ。けれどアルコール成分もすでに少し混ざっているため、絶妙な奥深さと旨みが感じられます。

期間限定、この時期ならではこうした飲みものはたいへん人気が高く、近ごろではふつうのスーパーマーケットなどでも気軽に手にとることができます。

しかし、そんな時に、気をつけておかねばならないことがひとつ――。
ヨーロッパのスーパーのレジは、ベルトコンベア式で商品を店員さんのところまで運ぶタイプのところが多いため(日本でも北欧商品を扱うIKEA<イケア>などの店舗で見かけるあれですね)、購入の際にこうした飲み物のボトルを倒してそこに置いてしまうと、中身が外に漏れ出してしまうからです。

「 倒さないで置いてね! 漏れるから! 」

親切なレジの店員さんなどですと、時折そんな風に声をかけてくれることもあります。

なぜって、こうした飲みものはいまだ発酵途中のため、呼吸ができるようにボトルの栓が完全に閉じられてはいないからです。もちろんワインのようなコルクの栓ではなくて、簡易的な栓で工夫がされています。

ベルトコンベアはガタガタと動くので、ふつうのワインボトルなどですと、とうぜん立てたままのせるよりは(進行方向に沿うように)倒して置いたほうが安定します。でもこの「新ワイン」にかぎっては、決してそれをやってはダメで、そっとやさしく手を添えるか、自分の番がくるまで大事に抱えておくよりほかありません。

しかしあとでこれを飲む時のことを思えば、そんなひと手間さえ、なんだかとても幸せな気分。それくらい特別で心浮き立つのが、この時期にだけ楽しめるこうした「新ワイン」なのです。


 初秋を彩る「玉ねぎ料理」

さてヨーロッパには、こうした「新ワイン」と相性抜群の食べ物がいくつかあります。じつはそのひとつというのが、意外なことに、あの「玉ねぎ」です。

正直、玉ねぎというと、なんだかとても地味な野菜というイメージがありますよね。じっさいヨーロッパでも、玉ねぎはなかなかそれ自体でメインになる野菜というわけではありません。

けれど、すでに古代ギリシャ・ローマの時代から、玉ねぎはヨーロッパの人々の食生活を支えてきた、もっとも身近で重要な野菜のひとつでした。

秋は、収穫の季節です。これからやってくる長く厳しいヨーロッパの寒い冬にそなえて、さまざまな食糧を備蓄しておかなければなりません。苦労して育てあげ、ようやくこの時期に無事に収穫を迎えることができた食べものに感謝をしつつ、蓄えの準備をおこなう時期。それがこの秋という季節でした。

たとえばヨーロッパの各地では、今でもこの時期になると玉ねぎをモチーフにしたお祭りがおこなわれています。有名なのは、ドイツの都市ワイマールなどでおこなわれる「玉ねぎ市(Zwiebelmarkt)」。もとは、家畜や、玉ねぎに代表される野菜などを扱う市から始まったイベントです。

Photo by Ji-Elle – Foire aux oignons à Weimar

炒め玉ねぎをたっぷり使ったキッシュにスープ』――。
そんなお祭りでは、立ち並ぶ屋台や街のレストランで、それぞれの地元でならではの玉ねぎメニューを楽しむことができます。

Photo by Niwano Momo

炒めた玉ねぎの甘みや濃厚なコク、そしてほんのり香ばしいような独特の風味。それは、ブドウの香りがあふれる「新ワイン」の味わいに、まさにぴったりです。


人々はこの時期、すっきりと晴れわたる青空の下、心地よい涼しさの混じった初秋の風を感じながら、フレッシュな「新ワイン」とともにさまざまな玉ねぎの料理に舌鼓を打ちます。

ヨーロッパのお祭り<参考動画>

ドイツの玉ねぎ市(Zwiebelmarkt)に関する動画リンクです。ヨーロッパの雰囲気を感じて頂ければと思います。

たまねぎを使ったレシピ<参考レシピ>

レシピ名:『オニオンジンジャーごちそうスープ♡季節の変わり目に』

ワインを使ったドリンクレシピ

レシピ名:『クリスマス市のホットワイン(グリューヴァイン、グリューワイン)』

料理/食文化研究家・庭乃桃さん

料理/食文化研究家・庭乃桃さんMeal Partner_Food Culture Researcher

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大学院でヨーロッパ地域の歴史・文化を専攻し、現地へ留学。
企業向けレシピの開発やスタイリング・撮影を手がけるほか、書籍・コラムの執筆や、翻訳、講演など多方面で活動中。

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