ひと粒の小宇宙 ~「豆」がもたらす食の豊かさと食文化【料理/食文化研究家コラム】

 心まで温まる豆のスープ

『真っ白な湯気がたちのぼる、ひと皿のスープ。なかには刻まれた野菜とたっぷりのお豆、それにいくらかのベーコンとソーセージ。』
寒さの厳しい日にいただくそんな具だくさんのスープは、冷えた体を温め、なんだか心までほっとさせてくれます。

豆と根菜の具だくさんおかずスープ♪by庭乃桃

スープや煮込み料理に加えると、まろやかな甘みと旨み、そして程よいとろみ感を生み出してくれる豆類。冬場はもちろん、乾物のものが中心になりますが、今や店頭では、私たち日本人にとって、もっとも身近な大豆小豆をはじめ、人気のヒヨコ豆レンズ豆キドニービーンズ落花生(ピーナッツ)など、じつにたくさんの豆を目にすることができます。

その種類の多さには、目を見張るほど。そう、ひと口に「豆」といっても、よく見れば、見た目も大きさも形もさまざまです。調理した時の味わいも、またいろいろ。ひとつひとつを丁寧に味わってみると、風味も食感もそれぞれに違っていることがよくわかります。

 ちいさな豆は栄養の宝庫

そんな「豆」は、古くから私たちの生活に欠かせない食材として重宝されてきました。なぜなら豆は、その小さなひと粒のなかに、じつに多くの価値ある栄養素を含んでいたからです。

たとえば、植物性のたんぱく質食物繊維に、ビタミンミネラル――。
パンや米、パスタなど、炭水化物を主食とする地域では、豆に含まれる栄養素はバランスのとれた食生活を送るうえで欠かすことのできない身近な食材でした。

植物学上は広義の穀類に分類され、お腹にもたまる豆は、地域によっては米や芋、パスタなどともよく似た使われ方をするため、一見すると主食(炭水化物)のようにも思われがちです。しかし、日本のそら豆枝豆などをみればわかる通り、生のものを茹でて食べる場合などは野菜として扱われる場合も多くあります。

そんな、主食のようにも野菜のようにも利用することのできる便利な豆は、どんな食文化を持つ土地にもなじみやすく、今も世界のいたる所でさまざまな豆料理が作られ楽しまれています。

 万能食材としての豆

そもそも豆は、収穫したものをそのまますぐに食べることもできれば、保存がきくように乾燥させておくこともできます。

通常はさや(莢)のなかに豆(種子の部分)がいくつもおさまっていますが、このさやがあるおかげで豆の収穫は格段に楽なものになります。バラバラになってしまいがちな小さな豆でも、さやごとまとめて扱うことができるからです。

豆類を意味するラテン語の「レグミナ(legumina)」という言葉が「集める」という意味からきているように、豆は、このさやごと収穫することで比較的簡単に持ち運びができ、乾燥や保存にも耐えるかたちにすることができました。

そのため、たとえば歴史の大きな転換点となった大航海時代などにも、豆類は海を渡って運ばれ、アメリカ大陸とヨーロッパのあいだで、さまざまな品種の豆がやり取りされてきました。それまでヨーロッパでよく知られていた、そら豆、レンズ豆、ヒヨコ豆に加え、「新大陸」からもたらされたインゲン豆やピーナッツなどが知られるようになってきたのもこの頃です。

しかもこうした豆類は、もともと植物が生命を育むために必要な養分を蓄えた種子の部分にあたるので、小さくてもその中には大変多くの栄養素が詰まっていました。貧しい農民にとって、万能食材とも言えるこうした豆は、作物がとれなくなる冬のあいだのとりわけ貴重な食糧となりました。

 土壌を癒やす豆の力

そのうえこうした豆類は、古くから農作物の栽培においてもとても重要な役割を果たしてきました。なんと豆には、さまざまな作物を育てて疲弊した土地の状態を改善する作用があったのです。

豆科植物の根っこ部分につく根粒菌という土壌微生物は、空気中の窒素を取り込み、畑に栄養を与えて地力を回復させる力を持っています。ですから、ヨーロッパでも古くから、穀物を作った土地にはその後、豆類を植え、再び活力を与えるという農法がおこなわれてきました。

狭い土地でもよく育ち、土壌にたっぷりの栄養を与えてくれる豆は、小麦や米など、人々の食生活に欠かせない穀物を育てるときにも重宝されてきたのです。

味がおいしくてお腹にたまり、栄養価が高く、主食のようにも野菜のようにも使える「豆」――。しかもほかの作物と一緒にしても育てやすい、そんなありがたい特性を持つ豆類は、世界のほかの地域と同様、ヨーロッパでも長きにわたって愛され、今も親しまれています。

 ヨーロッパの特別な豆たち

日本でも、豆というと、黒大豆大納言小豆大正金時など、日本でもさまざまな品種が知られていますね。いっぽうヨーロッパにもやはり、ある特別な思い入れを持たれた豆というのがいくつかあります。

なかでも、「豆喰い」と呼ばれるほど豆への愛着が深い、イタリアのトスカーナ地方の人々にとっては、「ファジョーリ」と呼ばれるインゲン豆は特に好まれているようです。

数あるインゲン豆の種類のなかでも、特に有名なのが白いインゲン豆。つるんとした光沢のある見た目に、ふっくらとした粒がとても美しいですね。

そのほかにも、フランスのル・ピュイ産の緑レンズ豆や、同じくフランス南西部・タルブ産の白インゲン豆スペイン・フエンテサウコ産のひよこ豆などは、EU(欧州連合)が定めた地理的表示(GI)保護制度にも認定されています。

この地理的表示保護制度というのは、ヨーロッパ地域の産品について、「ある製品が特定の国や地域を原産地としており、その品質や評判等の特性がその原産地と結びつきがある場合に、その原産地を特定する表示を指している」ことを意味します。つまり簡単に言うと、その土地でなければ生産できない産品、あるいはその特定のノウハウでなければ生み出せない味や品質を持つ産品などに付される保証の印のようなものです。

そんな認証マークを持つ豆たちは、ヨーロッパの味わいを身近に感じさせてくれる食材のひとつ。ぜひ皆さんも、店頭などで見かけられたら手にとってみてください。

 生活のなかの豆
節分・豆まき

さて、そんな豆類は、私たちの生活のなかにも意外とよく浸透しています。日本でも、春になれば、そら豆えんどう豆など、生のお豆が出回りますし、豆ご飯などを楽しまれる方も多いことでしょう。また、ちょうど今頃の時期であれば、節分でまかれるのもまた炒り豆です。

なにより日本には、醤油味噌納豆など大豆を使った発酵食品がたくさんありますね。それに豆腐湯葉豆乳など、栄養豊富な大豆はまさに「大いなる豆」「畑の肉」という名前のごとく、じつに多種多様な使われ方をしています。

そして冬の寒さがいっそう厳しいヨーロッパでは、この時期、さまざまな豆の入った具だくさんスープや煮込み料理が大活躍。それ以外にも、イギリスのイングリッシュ・ブレックファーストに代表されるように、消化しやすく栄養価の高い加熱済みの豆は、朝一番に食べるにもまさにぴったりなのです。

イングリッシュ・ブレックファースト

さまざまな形で生活のなかに浸透し、親しまれている食材である「豆」。まだまだ語り尽くせぬほどのエピソードがありますが、まずはどうぞ手近なお豆をスープにでも入れて召し上がってみてください。その甘みやまろやかな旨みが、きっと寒さに凍えた体と心をそっと温めてくれることと思います。


豆をつかった料理レシピ<豆と根菜の具だくさん♪おかずスープ>

豆がたくさん味わえるおかずにもなるスープです。レシピを是非、お試しください☆

料理/食文化研究家・庭乃桃さん

料理/食文化研究家・庭乃桃さんMeal Partner_Food Culture Researcher

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大学院でヨーロッパ地域の歴史・文化を専攻し、現地へ留学。
企業向けレシピの開発やスタイリング・撮影を手がけるほか、書籍・コラムの執筆や、翻訳、講演など多方面で活動中。

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