日本も含めて世界中で高齢化は進行していると報道される一方で、疫学的研究により老化は、心血管疾患、認知症、がん、神経変性疾患、感染症、糖尿病、非アルコール性脂肪性肝疾患などのさまざまな疾患の発症または重症度の危険因子であることが示されています。
腸内フローラの細菌構成は年齢(加齢)とともに変化しているという多くの報告があり、腸は最大の免疫器官であるため加齢に伴う腸内フローラの変化と免疫系の低下との関係が示唆されています。
加齢によって低下する免疫機能は、自然免疫系よりも獲得免疫系の方が著しいことがわかってきました。
さらに、無菌動物を用いた実験では、加齢による腸内フローラの変化が、腸透過性の増加、全身性炎症、認知機能の低下を引き起こすことも報告されています。(※1、※2)
平均寿命が延び続けるなかで、健康寿命の重要性が理解されてきました。
健康寿命(healthy longevity)とは世界保健機関(WHO)が提唱した新しい指標で、平均寿命から寝たきりや認知症など介護状態の期間を差し引いた期間とされています。
百寿者(センテナリアン)は、死期の延期とともに一般の人々よりも長い間、高いレベルの自立性や能力、認知力、つまり健康寿命を維持しています。
本コラムでは、百寿者の腸内環境の特徴を腸内フローラを構成する細菌をご説明しながら、腸内環境の整え方のポイントをご紹介いたします。
百寿者・長寿者の腸内細菌と腸内環境の特徴
私どもの研究では、奄美群島の95歳以上の長寿者において、健康寿命(健康状態)と腸内フローラ構成細菌に以下の知見を得ることができました。
まず、健康状態の悪化に伴って菌種数の多様性が減少しており、ディスバイオシス(dysbiosis:腸内フローラの機能の低下)が認められました。
一方、高齢で健康状態の良い人の腸内フローラに特徴的かつ多かった細菌があります。
長寿で健康状態の良い人の腸内フローラに多い細菌を以下に示しながらご説明します。
クリステンセネラ ミヌタ<Christensenella minuta>菌
クリステンセネラ ミヌタ菌は、長寿者の腸管に多く生息しているという報告があり、ヒトの肥満や関連する代謝障害のリスクに影響を与えることが明らかになり、肥満度や痩せ具合をみるBMIが低い人や痩せ型の人に多く存在する傾向があります。
コリンセラ<Collinsella>属
コリンセラ属は肝臓で作られて腸内に放出される一次胆汁酸を二次胆汁酸のウルソデオキシコール酸に変換することが知られています。ウルソデオキシコール酸は、炎症誘発性サイトカインを抑制し、抗酸化・抗アポトーシス作用をもつことから、これらが感染予防につながっている可能性が示唆されています。
プレボテラ<Prevotella>属
プレボテラ属についての知見です。健康な人に3日間の大麦若葉食を与えると、グルコースとインスリンの反応が改善されましたが、これはプレボテラ コプリ<Prevotella copri>菌の存在量が増加した場合であり、無菌マウスにヒトの糞便由来のP. copri を投与すると、グリコーゲン貯蔵量の増加を促すことで耐糖能が改善したようです。
アッカーマンシア・ムシニフィラ<Akkermansia muciniphila>菌
アッカーマンシア・ムシニフィラは短鎖脂肪酸産生などの性状により、抗肥満や糖尿病発症の抑制に期待されている菌種です。
ビフィドバクテリウム<Bifidobacterium>属
ヒトにとって有益と考えられているビフィドバクテリウム属(ビフィズス菌)の割合が健康状態の悪化に伴って構成比が減少しており、高齢での健康状態の維持にもビフィズス菌の有用性が示唆されました。
ロゼブリア<Roseburia>属、ブチリシコッカス<Butyricoccus>属
ロゼブリア属やブチリシコッカス属は短鎖脂肪酸(特に酪酸)を産生する常在菌の一種であり、大腸の運動機能や免疫力の維持、抗炎症作用などの有用性が特筆できます。
メタノブレビバクター<Methanobrevibacter>属
メタノブレビバクター属は欧米人の消化管でよく検出される古細菌(アーキア)ですが、私どもの研究結果では奄美群島の長寿者はメタノブレビバクター属を特徴的に保有していました。
オドリバクテル<Odoribacter >属
また、二次胆汁酸産の一つであるデオキシコール酸は肝臓や大腸のがん化促進がある反面、病原性細菌の排除やその他の二次胆汁酸は免疫細胞の分化に影響を与えています。
しかし、加齢に伴い腸内細菌と胆汁酸組成がどのように変化し、老化や健康長寿に関与しているのか解明されていない部分がありました。二次胆汁酸であるイソアロリトコール酸の抗菌性に着目し、百寿者の糞便中から分離した細菌のなかからオドリバクテル<Odoribacteraceae>科に含まれる菌種がイソアロリトコール酸産生菌として確認されました。
腸管で産生されたイソアロリトコール酸は、クロストリジウム・ディフィシル<Clostridim difficile>菌やエンテロコッカスフェシウム<Enterococcus faecium>菌などの有害性が指摘されているグラム陽性菌に対して強力な抗菌作用を示しました。(※3)
すなわち、長寿者の腸内フローラに中には、抗菌性により有害性のある感染リスクを低減する腸内細菌が存在し、腸管の恒常性維持に貢献している可能性が示唆されました。
このように、長寿者の腸内フローラにはフローラ多様性に加えて、存在する有用な腸内細菌を長寿という難しい課題に対しても理に適って保持している可能性があります。
腸内フローラに関する研究は急速に進み、その中の一つのテーマとして百寿者の腸内環境の特徴が上述のように明らかにされてきております。
まずは長寿者のもつ腸内フローラの特徴や長寿への貢献と作用機序が垣間見えてきた印象ですが、今後、このような腸内環境にするにはどうすればいいのかというのは、年齢に関係なく、良い腸内環境を整え維持するのかという視点でもあり、今後の研究成果や情報提供が待たれるところです。
腸内環境の整え方のポイント
食生活のポイント:腹八分目に医者いらず
食べ過ぎてしまった際に、長寿者の腸内フローラには、脂肪吸収抑制やエネルギー吸収抑制を体の中で行う自然の摂理のような仕掛けが働いています。そんな腸内環境に変えていくことも大切ですが、腹八分の食生活もおすすめです。野菜やきのこ類を積極的に料理・食事に取り入れ、ボリュームをつけた食事により腹八分の食生活に変えていくことができます。
運動によるポイント:腸内フローラを変える要因をつくる
長寿者の腸内フローラには、トップアスリートの腸内フローラでよくみかけるアッカーマンシア属の腸内細菌を多く保有している分析結果があります。アスリートにかかわらず、日常的に運動している方としていない方では、腸内フローラが違ってきます。腸内フローラを変える主要因は食事内容だとされていますが、運動もかなり腸内フローラを変える要因となります。運動を意識的に行う生活習慣をつくっていくことをおすすめします。
参考文献
※1:Thevaranjan et al. Cell Host Microbe 2017.
※2:Li et al. Aging. 2020.
※3:Sato et al. Nature 2021.
<このコラムの執筆者> 岡山大学学術研究院環境生命科学学域 森田 英利 教授
1991年岡山大大学院自然科学研究科博士課程修了。米国ミネソタ州立大 Food Science and Nutrition学部博士研究員、麻布大獣医学部教授を経て、2015年より 岡山大大学院環境生命科学研究科教授。
専門分野・研究テーマ:食品機能学,微生物ゲノム学、ヒトの細菌叢解析と腸内細菌・ビフィズス菌の比較ゲノミクス、乳酸菌のタンパク質代謝に関する研究、奄美群島の百寿者の腸内環境分析 等
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