ヨーロッパの春を彩る山菜・春の味覚【料理/食文化研究家コラム】

 心おどる春の味覚

陽射しのなかにも徐々に春のぬくもりが感じられるようになってくるこの季節。店頭にはやわらかな若芽を思わせる、色鮮やかな山菜が並び始めます。

ふきのとうタラの芽こごみわらびうるい蕾菜(つぼみな)。日本には美味しくて香りのよい山菜がたくさんあって、この時期、食卓に春の息吹を運んでくれますね。季節限定で楽しむことのできるそんな山菜は、独特の苦みや風味、食感で、春を待ちわびる私たちの食生活に大きな楽しみを与えてくれます。

一方、じつはヨーロッパにも、そんな山菜がいくつかあります。日本ほど種類は多くなく、地域も限られたものが多いかと思いますが、それでも人々は毎年そんな山菜の登場を待ちわびていて、人によっては野原や森に足を運んで自分で採ってくることもあるほどです。

そこで今回は、意外と知られていない、そんなヨーロッパの春の味覚をいくつかご紹介してみたいと思います。

 もとは野生種だったアスパラガス

ヨーロッパで春を告げる食べ物といえば、なにをおいても『アスパラガス』です。特にホワイトアスパラガスは、「貴婦人の指先」「野菜の女王」と呼ばれるほどの高い人気を誇ります。
ホワイトアスパラガスの旬は、だいたい3月~6月頃にかけて。それがいっせいに市場に並び始めると、寒い冬が終わり、いよいよ春が来たことを皆がしみじみと実感するのです。

じつは、ホワイトアスパラガスというのは、私たち日本人にとって、よりなじみ深いグリーンアスパラガスと同じものです。そこに盛り土をして日光や風に当てないようにして育てたものが、ホワイトアスパラガス。まるで日本のウドのようですね。

そんなアスパラガスも、もともとはヨーロッパの地中海周辺地域で群生している山菜のようなものでした。早くから人気が出て、すでに古代ローマ帝国時代には栽培がされるようになりましたが、今でもごくたまに、山間部などで天然のアスパラガスに出会えることもあると言います。

ヨーロッパの市場では、グリーン、ホワイトのほかに、少し珍しい紫色をしたヴァイオレットのアスパラガスを見かけることも。こちらは加熱すると紫色が退色してしまいますが、香りが豊かで適度な甘みがあります。イタリアやフランスなどで特に好まれている品種です。

アスパラガス

また、「野生のアスパラガス」という意味の『アスパラ・ソバージュ』と呼ばれる野菜も出回っています。こちらは、アスパラという名前は付いているものの別の種類で、まさに山菜に近い味わいと食感を持つ野菜です。主にスープやサラダなどに使われたり、料理の付け合わせにされたりします。

 行者ニンニクに似たクマネギ

身近な所でよく見かけられる山菜としては、英語名で【ラムソン(ramson)】と呼ばれる『クマニラ』、あるいは『クマネギ』と呼ばれる植物があります。こちらは見た目が日本の行者ニンニクによく似ていて、実際の味わいも、ほんのりニラやニンニクのような香りがして、食感はシャキシャキとしています。

生えているのは、主に森や林の木々の根元あたり。

だいたい4月頃になると市場などに並び始める、期間限定の春の味覚です。

食感と香りがいいので、生のままサラダにされるほか、クリーム系のパスタやグラタン、パンに塗るスプレッド、風味と香りをいかしたスープなどさまざま料理に使われます。

またニラが比較的手に入りにくいヨーロッパ在住の日本人にとっては、生春巻きの具や、餃子の具としても重宝する山菜です。

 「ライオンの歯」と呼ばれるタンポポ

また、春になると時たま市場で見かけるものとして、『タンポポ』があります。タンポポというと、日本ではあまり食用にするイメージはないかもしれませんが、ヨーロッパでは比較的ポピュラーな野菜で、その独特の苦みが春の香りを思わせます。

面白いことに、タンポポはそのギザギザした葉っぱがまるでライオンの牙のように見えるというので、中世の昔から「ライオンの歯(dens leonis)」という名前で呼ばれてきました。そして現在もなお、さまざまな国でそんな言い方が受け継がれています(たとえば英語の「ダンデライオン(dandelion)」にも、ライオン(lion)の文字が隠れていますよね)。

料理への使われ方としては、その独特の形や苦み、ほんのり感じる花の香りをいかしてサラダにしたり、花の部分をシロップやハチミツに漬けたりするのが主流です。根っこの部分も食べることができて、ノンカフェイン飲料として最近人気のタンポポコーヒーなどは、このタンポポの根を細かく刻んで煎ってからお湯で煮出すことで作られているものです。

  日々の健康に役立つネトル

また、食べる山菜というのとは少し違うのですが、毎日の健康を維持する上でとても役立つ植物というのがあります。「春のハーブ」の異名をとる、『ネトル(西洋イラクサ)』です。ヨーロッパ原産の植物であるネトルは、少し注意して見てみると、さまざまなハーブティーに入っていることがわかります。

それもそのはず、利尿作用消炎作用があるネトルには、鉄分、マグネシウム、カリウムのほか、レモンの果肉よりも多いとされるビタミンCが豊富に含まれており、体のさまざまな不調に対して有効だとされているからです。特にこの時期には、冬のあいだに溜まった老廃物の排出を促したり、花粉症などのアレルギー症状を予防・緩和したりする効果が期待できると言われています。

そんなネトルの特徴は、なんといっても刺されると鋭い痛いをもたらすたくさんの棘(トゲ)がついていること。そのため扱いはしづらいのですが、ヨーロッパのなかでも地域によってはこの時期、生のものが市場に出回るくらい人気があります。こちらもヨーロッパに早くから根づき、長く愛されてきた植物のひとつだと言えます。

 山菜を食べて春を感じよう

さて、そもそもこうした山菜は、野菜が今ほど多く流通していなかった時代に、人々が多くの工夫を重ねて食べかたを模索してきたものです。山菜のなかには扱いがしにくかったり、アク抜きなどの下処理をしなければ美味しく食べることができないものも少なくはなく、一年のなかでも楽しめる時期が限られていたり、収穫量が少なかったりと、一般の野菜に比べると入手も比較的難しい傾向にあります。

実際、今回ご紹介したようなヨーロッパの山菜も、ふつうのスーパーマーケットなどではまずお目にかかることはありません。それはたとえば、市場に並ぶ農家の方のお店だとか、近年流行のBio(ビオ)と呼ばれるオーガニック食料品店などで手に入るようなものが多いのです。

けれどこうした山菜は、古今東西を問わず、古くから飢饉や天候不良などによる食糧難などの際に人々の生活を支えてきました。そしてなにより、長い冬を越えて春へと移り変わるこの時期に、手間ひまをかけてでも食べる価値のある素晴らしい食感や風味をもたらしてくれます。

山菜が運んでくれる鮮烈な味わいは、寒さに縮こまった心と体を癒やし、春の陽射しや生き生きとした生命の息吹を思い起こさせてくれるとても貴重なもの。ぜひ私たちも、そんな先人たちの知恵がたくさん詰まった山菜を感謝とともにいただいて、春が来たことの喜びやぬくもりを思い切り感じてみたいものですね。


春を彩る山菜レシピ『ふきのとう&たけのこご飯♪』

春を告げる「ふきのとう(蕗の薹)」と相性の良い「たけのこ」のご飯です。ほのかな苦みと春の香りを感じられるレシピで手軽に春のおもてなしを☆是非お試しください。

料理/食文化研究家・庭乃桃さん

料理/食文化研究家・庭乃桃さんMeal Partner_Food Culture Researcher

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大学院でヨーロッパ地域の歴史・文化を専攻し、現地へ留学。
企業向けレシピの開発やスタイリング・撮影を手がけるほか、書籍・コラムの執筆や、翻訳、講演など多方面で活動中。

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